INTRODUCTION / 1954–1999
ファンクションが
美学を超えてはならない。— 上浪 渡
NHK電子音楽スタジオにおいて、アナログ技術の制約は、作曲家と技術者の協働を刺激し、単一の様式に還元されない多様な作品を生んだ。デジタルが一般化した今でも、素材と原理の異なるアナログ音響は代替されず、「アナログ技術で、いかなる音楽を創造できるか」という問いを私たちに投げかけている。
01 / FOUR PERIODS
スタジオの4つの時代
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電子音楽室 at 内幸町
真空管機器とモノラルの6mmテープを用いた黎明期。1分の素材を作るのに1週間を要することもあり、録音テープをハサミで切り刻み、手作業で音を構成した。
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電子音楽スタジオ at 神南
CC-500の稼働と大阪万博の委嘱作品を中心とする最盛期。FM放送の開始とともにステレオ化が進み、トランジスタ機器と6mmテープによる制作環境が整備された。
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電子音楽スタジオ at 神南
制作法と技術者の操作知が成熟した時代。アナログ機器に加え、デジタル・マルチトラックレコーダや大型コンピュータを用いる作品も現れ、表現領域が拡張した。
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上浪渡引退後
局内の制作体制が変わり、マスターは6mmテープからDATへ移行。デジタルサンプラー、DAW、パーソナルコンピュータが導入され、制作環境の標準化が進んだ。
02 / SYSTEM
電子音楽室&電子音楽スタジオ系統図
NHKの電子音楽制作では、作品ごとに素材音をゼロから設計した。作曲家の発想と技術スタッフの試作・選択・蓄積・合成が、固有の音響へ結晶していく。
- 01 / MEETING打ち合わせ作曲家が変われば、目指す音楽も変わる。過去作の素材は再利用せず、その作品で取り組む問いを最初に共有する。
- 02 / PROTOTYPE見本音を作る打ち合わせから生まれたアイディアを、まず少数の見本音にする。その試作を通じて、制作の方向を定める。
- 03 / PLAN技術プランと素材制作作曲家の要望に応じて技術スタッフが回路と操作を設計し、異なる可能性を持つ素材音をいくつも制作する。
- 04 / SELECT選択・蓄積・部分合成使用可能な素材を選び、必要な音を蓄積する。部分的な合成見本も作り、構成に使える素材群へ発展させる。
- 05 / COMPOSE構成し、作品へ作曲家が多数の素材を組織し、一つの作品にまとめる。その固有の響きは、海外から「トー・キョー・サウンド」と呼ばれた。
03 / PRACTICE
作曲家と技術者の
共同制作
音の素材ができる前から、作曲は始まっていた。
作曲家が音楽的な構想を示し、技術者が回路、測定、操作に置き換える。装置が返す予期しない応答は再び構想を変え、その繰り返しが作品の形を決めた。この制作法において、技術者は補助者ではない。音楽的判断を共有する制作主体であった。
1968 / JINNAN
CC-500
放送局の中の、楽器ではない楽器。
1968年、渋谷放送センター東館5階に新設。1970年の大阪万博をめぐる委嘱作品の制作によって、スタジオは最盛期を迎えた。既成のシンセサイザーへ製作法を集約するのではなく、発振器、フィルター、変調器、残響、テープ録音再生機を目的に応じて組み合わせる体系が発展した。
04 / EQUIPMENT
主要機材
一台の万能楽器ではなく、異なる機能を持つ装置群の結線によって、作品ごとの「楽器」が組み上げられた。
素材音源発生
6連正弦波発振器、⑬ 可変低周波発振器、モノコルド、ホワイトノイズ発生器、⑭・⑱ 関数波発振器。
楽音形成・変調
③ LAM(直線増幅器)リニアアンプリチュード・モジュール、振幅変調器、FM変調器、リング変調器、リズム形成、エンベロープ形成、ゲート回路、エキスパンダー。
周波数帯域制御
⑨ HPF・LPF・BPF、オクターブBPF、メルBPF、1/3オクターブBPF、⑦ セレクター、⑫ リジェクター、ボコーダー。
変速・残響
② コロンビア(デノン)/可変速テープレコーダー(型式不明)、偏芯キャプスタン、⑤ エコー室・鉄板エコー、テープエコー、電子エコー。
録音・編集・合成
⑮ チャンネルフリー音声調整卓、②・⑲ モノ・ステレオ・マルチ・可変速レコーダー、ディスク再生機、1インチ6chマルチトラック・レコーダ(テープ速度38cm/秒・76cm/秒、真空管、ソニー製、1962年導入)。
監視・操作
① モニタースピーカー/三菱 R305、集中ジャック盤、操作キー、多連リモコン、⑯ レベルメーター、⑪ 菊水電子リサージュモニター(位相確認用)、ブラウン管オシログラフ。
PHILOSOPHY
“NHK電子音楽スタジオの夢” 近藤 譲
NHK電子音楽スタジオは、1950年代の半ばに、世界の最先端を走る電子音楽スタジオとして設立され、以後、60年代~80年代をピークとして、半世紀近くにわたって活動を続けて、日本のみならず世界の電子音楽史に大きな足跡を残した。
このスタジオの大きな特徴は、作品の制作に当たって、作曲家が意図する音楽の実現を可能にするために、その都度、複数の電子音響技術スタッフが器材を調え、素材音の作成から作品全体の制作まで、極めて緊密に協働したということである。
1960年代末には、鍵盤で操作できる簡易的な電子楽器であるシンセサイザーが商品化され始めていたが、そうした「予め調えられた楽器」からは、例えばピアノという楽器がピアノの音しか生みだせないように、限られた範囲の音響しか得られない。
そうした束縛から解き放たれて、音響の無限な可能性を探求し得ることにこそ、電子音響技術の本領がある。それが、NHK電子音楽スタジオの精神であり、スタジオを率いた上浪渡ディレクターを始め、そこに深く関わった全ての技術者と作曲家の夢であり、誇りでもあったに違いない。
電子音響技術がすっかりデジタル化されている現在とは異なって、当時はアナログ技術の時代であった。その意味で、NHK電子音楽スタジオは、今や、過去の電子音楽技術を象徴する遺産のように見なされることがある。しかし、アナログ技術による音響と、デジタル技術によるものは、質を異にしており、音楽的・美的観点からは、一方を他方で置き換えることはできない。
素材の質が異なれば、そこに生まれる音楽もまた異なってくる。音楽は、ある程度まで、素材に支配されるからである。つまり、アナログ技術による電子音響の質が指し示している音楽は、他の種類の素材(生楽器、あるいはまた、デジタル技術で作られた音響、等)による音楽とは違うものである――少なくとも、違うものになる可能性がある。
では、それはどのような音楽なのか? これこそが正に、NHK電子音楽スタジオで音楽作品の制作に携わった作曲家と技術者が答えを追い求めた問いに外ならない。
そして、注目すべきことは、多様な考えの作曲家たちが、それぞれに異なる音楽観からその問いに挑み、技術者たちがその作曲家のいちいちの要望に極めて真摯に、柔軟に対応し、協力して、音楽作品を実現していったということである。その結果、このスタジオから、様々に作曲様式を異にする作品が生まれることになった。
このことは、現代の先端的なデジタル技術を誇るスタジオでの音楽制作の状況とは、極めて対照的である。というのも、デジタル技術を駆使した作曲において必要とされるコンピュータ・プログラムは、非常に複雑で洗練されたものであるために、開発に長い時間がかかり、それが一旦完成すると、かなりの程度まで固定されたものとなる。
つまり、作曲家ごとに、あるいは、曲ごとに、それを柔軟にカスタマイズすることは(たとえ不可能ではないにしても)容易ではない。その結果、作曲家たちは、基本的に同じプログラムを用いて制作することになる。
一つのプログラムは、たとえそれが多様な可能性を包含するものであっても、謂わば「予め調えられた楽器」であり、その「楽器」が前提としていないような異質な音楽思考や作曲様式を受け容れることは難しい。そこでは、テクノロジーが美学を支配しているのだ。
一方、NHK電子音楽スタジオの真骨頂は、その逆の考え方、即ち、音楽制作においては、テクノロジーは美学(音楽思想)によって司られるべきだという哲学にあった。アナログ技術にも当然限界があるが、それはアナログ技術だからこそ成り立ち得た哲学であったとも言えるのである。
「過去の技術」を最高度に駆使して行われた探求の成果は、今もなお、「新たな技術」が齎し得ない音響と音楽の可能性へ向かって開いている。過去の遺産は、実は、未来への扉なのかもしれない。